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【アラベスク】  第8章 荊の城



第3節 窮鼠、鶴を噛む [4]




 同じクラスなので教室で姿を見かける事はあるが、彼から声をかけてくるような事はない。もちろん、美鶴から話しかけるような事もない。だから、あの行動の意味が何だったのか、美鶴にはわからない。
 行動の意味。それは、瑠駆真を廿楽華恩という生徒の主催するお茶会とやらに誘うため。そうなのだろうけど――――
 あの時の瑠駆真の様子。それに対する小童谷という生徒の態度も、何か意味ありげだった。
 小童谷陽翔の素性を知るのには、二日もあれば十分だった。
 父親はほとんどイギリス在住。母親はイギリスと日本を行ったり来たり。彼の英国留学は一年間だったが、このような両親を持つ為か、留学生活にあまり新鮮味はなかったようだ。
 留学体験をサラリと説明する態度が、また女子生徒の間でウケている。女子の人気をほぼ二分していた聡と瑠駆真。そこに第三の勢力登場と言ったところだろうか?
 奥二重の瞳にかかる、顔の輪郭を沿うような左右に分けられた前髪。高齢者が見れば寝起きグセかと見間違えられそうな、束感を出した髪形。線は細めで痩せているが、顎のラインなどは男性的。だが、肩幅は狭め。男性だが、少し女性も混じったかのような雰囲気。
 線が細いと言うなら瑠駆真もだが、彼はやはり男性だ。
 小童谷の方はまた違う。こちらかなり中性的(ユニセックス)
 そんな雰囲気も、女子生徒たちを刺激しているのかもしれない。
「山脇くんや金本くんとはお親しいようですけれど、まさか小童谷先輩まで誘惑なさろうなどとは、考えてはいませんわよね?」
 まるで売女(ばいた)でも見るかのような同級生の視線に、美鶴も強行応戦する。
 そんなやりとりに、小童谷はほとんど無関心。チラリと反応する事はあっても、面白半分にヤジる他生徒と共に美鶴を貶す事はせず、かと言って逆に美鶴を庇うでもなく、興味がないといった態度。
 一度、男子生徒が小童谷に同意を求めた事があった。
「事件に巻き込まれたとか言って、本当は事件起こした当事者だったんじゃないの? ねぇ、小童谷先輩もそう思いません?」
 その問いに、小童谷は無言で顔をあげ、周囲を見渡し、そうして最後には美鶴の視線とぶつかった。
 その瞳に、美鶴は少しだけ息を呑んだ。
 小童谷はしばらくの間、無言で美鶴を見つめていたが、やがて
「さぁ」
 と短く呟き、なんとも曖昧な笑みを浮かべて席を立ち、教室を出て行ってしまった。
 その表情をクールだなんだと言っては色めき立つ女子生徒たちの声音の中、美鶴は妙な感覚が胸の内に湧くのを感じた。
 ずいぶんと、覇気のない人間だな。
 自分へ向けられた視線。だがその焦点が微妙にズレ、少し虚ろだったのに気づいたのは、美鶴だけだろう。
 学生生活において、他生徒ともコミュニケーションは取っている。常に周囲には生徒が集まり、話しかけられればそれなりに応じる。
 一見華やかな小童谷の世界。
 だがそれは、本当に華やかな世界なのだろうか?
 まるで、煌びやかだが過酷だと言われる芸能の世界に身を置く人間のようだ。
 化粧などをしているワケではないが、極度の栄養失調ではないかと思われる身体全体を使って表現する、派手で攻撃的なミュージシャンをも彷彿させる。
 そうだ。彼は、それほど快活というワケではないのに、なぜだが非常に攻撃的な雰囲気をも(はら)んでいるように感じられる。
 だから中性的と見えるのだろうか?
 一方、瑠駆真も、あの件についてはあまり、と言うかほとんど全く語ろうとはしない。
 先日、廿楽華恩から正式な招待状を受け取ったと聞いた。だがこれは、瑠駆真の方から積極的に知らせてきたのではない。聡が問いつめたのだ。
 聡の所属する二年四組に帰国子女がいる。その生徒に廿楽華恩からの招待状が届いた。だからきっと瑠駆真のところへも届いているのではないか?
 問われ、瑠駆真はあっさりと認めた。だが、 断るつもり の一言で片付けられてしまった。
 その話題には、必要以上には触れてくれるな。
 そんな雰囲気をも(かも)し出しているかのようで、深くは追求もできなかった。
 こちらから追求するのはなんとなく癪だ。だが、なんとなく気になる。
 小童谷という男子生徒が口にした事実。
 事実… なのだろうな?
 瑠駆真の母親は紅茶好き。
 もしそれが本当なら、なぜそれを知っているのか? 瑠駆真と小童谷が知り合いではないというのなら、確かにそれは不可解だ。
 だが、ただそれだけで、あれほどまで不機嫌になるだろうか? たかだか母親は紅茶が好きという、ただそれだけの事ではないか?
 瑠駆真の母親。もうすでに、この世にはいないと聞いた。

「僕は、母さんが嫌いなんだ」

 そう教えられたのは、まだ入梅前の頃だったと思う。







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